一方、セイバー達一行は先行している士郎に追いつく為、先を急いでいた。
「なんか拍子抜けね。あの触手呆れるほど襲ってこないわね」
イリヤの安心したような落胆したような複雑な台詞も無理は無い。
ランサーとの戦闘からあの触手に遭遇していない。
最初こそ警戒していたが徐々にそれも緩め今では殿にバーサーカーを据えた他は完全な無防備状態だった。
と言っても、セイバーやライダーも油断している訳ではない。
もし襲い掛かってくればすぐさまこの二人に切り伏せられるだろう。
「何言っているのよイリヤ」
「そうです。あのような触手がまた襲撃してくれば私達は相当の時間を失ってしまいます。それまでになんとしてもシロウに追いついて、共に『大聖杯』を破壊してしまわないと・・・」
そんな会話を続けている内に、
「追いついた様だな。前方に衛宮がいる」
宗一郎は、いち早く前方に佇む士郎を捉えた。
「いたわね・・・士郎!!」
「おっとちょいと待ちな」
妙に時代がかった口調で立ちはだかるのはランサー。
「また現れましたか」
「今度は容赦しません」
すばやく戦闘態勢を取るセイバーとライダーに
「おい勘違いするな。俺はマスターからの命令でお前らに伝言を言いに来ただけだ」
「伝言・・・ですって?」
「ああ、『今、この先の空洞に触手が結集して防衛体制に入っている』」
「この先に?」
「ああ、ざっと数は・・・数は・・・」
不意に言葉が止まり何か思案しているように見える。
「どうしたのよ?ランサー」
「わりい、数え切れねえ。少なく見積もっても万は軽く超えるだろうな」
「ま、万ですって!!!」
「ああ、続きだ『で、こいつらをまとめて殲滅するから、バーサーカーを前面に押し出して他の皆は体勢を低くして吹き飛ばされない様にしてくれ』ってよ」
「せ、殲滅???」
「どう言う事よ?それは?」
「さてな、まだ手の内全部見せている様じゃないってのだけは確かだろうよ。まあ、この際見物させてもらったっていいだろうよ。さて、俺は確かに伝えたぜ。これからマスターの援護に行かなくちゃならねえから」
聖杯の書十二『宿縁』
ランサーに伝言を頼んだ後、俺はあの触手の射程範囲ギリギリの境界線に立っていた。
そしてそのまま己が内面に意識を飛ばし、自身を解析する。
(状況分析・・・体力面ブルーゾーン、問題なし。魔力面イエローゾーン、ナンバーT・Uの魔力減少。現時点ではホルスター解放以外手段なし。魔術回路面オレンジゾーン、前日の二つ同時解放のダメージが回復していない。肉体崩壊の危険性あり。使用限度回数二回、それ以上は)
解析完了。
危険性は承知の上。
それに二回もあれば十分。
それで全てに片がつく。
さらに今度は各魔術回路を解析に入る。
(魔力量測定・・・ナンバーT・U・・・保有量四十三パーセント・・・ブルーゾーン、問題なし。ナンバーVからナンバー]まで・・・保有量九十五から九十八パーセント・・・現状グリーンゾーン。まもなくイエローに突入する恐れあり。ナンバー]Tからナンバー]]まで・・・保有量百五から百十パーセント、イエローゾーン突入。レッドゾーン突入も時間の問題。ナンバー]]Tからナンバー]]Xまで・・・保有量全て百五十パーセント・・・レッドゾーン突入!!回路崩壊の恐れあり!至急魔力を解放せよ!ナンバー]]Y・]]Z・・・保有量)
解析を途中で切り上げる。
必要な情報は全て揃った。
後は執り行うだけ。
気付けば後ろに気配が増えている。
凛達が追いついた様だ。
だけど、それ以上近付かない所を見るとランサーの説得を一応聞いてくれた様だ。
「シロウ、嬢ちゃん達に伝えてきたぜ」
「ああ、すまない・・・それじゃあランサー、周囲の護衛を頼む」
「任せろ」
ランサーが俺の周囲を哨戒する。
「・・・それにしても、あまり見せたくなかったが・・・まあ良い。始めるとするか・・・投影開始(トーレス・オン)」
俺の詠唱と共に現れるのは一本の槍。
柄から刃先まで深海を思わせる紺碧(ディープ・ブルー)一色で統一され、その鏃は五又に分けられた・・・
「し、士郎!!お前その槍は・・・」
ランサーの慌てた声が聞こえる。
当然か、ランサーにとっては馴染みの深い槍・・・と言うか実の親の槍だからな。
「ランサー、来るぞ」
「へっ?・・・ああ・・・わかった任せとけ」
ランサーの言葉に頷く。
その瞬間、触手とランサーの戦闘が始まる。
周囲に何の心配も無い。
後は俺が行うだけ・・・第三の異端魔術を・・・
「封印魔術回路解放(マジック・サーキットナンバー]]X、ホルスターオープン)」
ホルスターを解放する。
その瞬間俺の身体を重圧と衝撃が駆け巡る。
「・・・っ・・・」
奥歯を砕きそうになるほど強く噛み締め次の詠唱を行う。
「過剰供給開始(オーバーチャージ、スタート)」
同時に俺の体内で行き場を無くし駆け巡っていた魔力が一直線に槍に流れ込む。
しかし、直ぐに槍に魔力が充満する。
だが、まだほんの二割弱。
更に流し込む。
「圧縮(プレス)・・・過剰供給再開(オーバーチャージ、リスタート)」
最初の詠唱で魔力を圧縮しその隙間に更に魔力を流し込む。
それを数回続けて行く内にホルスター一つ分の魔力が全て収められる。
以前・・・二年前、場所も判明していざ『大聖杯』を破壊しようとしたのだが、その規模の大きさは俺の予想を超えていた。
最大規模で対軍クラスのグングニルしか持ち合わせていない俺には、一気に破壊出来ないほど・・・
(無論、連続で叩き込めば可能だろうが、時間をかければ今度は、部外者・・・特に遠坂や間桐、最悪教会や協会に見つかる恐れがあった為だ)
その為、その時は断念し一撃で全てを破壊する宝具を探す事になった。
そう・・・対城クラスの宝具を・・・
そして見つけたのがこの槍・・・ケルト神話の主神、すなわちランサー=クー・フーリンの父、光神ルーの持つ槍ブリューナク。
これで規模の問題は解決したが今度は破壊力が足りない。
俺の投影する宝具はランクが一つ下がってしまう。
その為に破壊力も本物には及ばない。
もうワンランク・・・つまり本物そのものの破壊力・・・は必要となる。
その為言わば苦肉の策で俺が編み出したのがいわば『局地破壊魔術』とも呼ぶべきホルスター一つ分の魔力を使い使用する異端魔術。
「過剰供給完了(オーバーチャージセット)・・・ランサー下がれ。吹き飛ばされるなよ」
ランサーが俺の命に従い後退する。
そしてランサーがバーサーカーの後方にまで避難したと確認したうえで俺は真名を解き放つ。
「轟く五星(ブリューナク)!!」
次の瞬間槍はその真名通り、五つの鏃が星と化し光となり、その光は時折襲い繰る触手を消し飛ばし問題の触手要塞に突っ込む。
周囲から襲い掛かってくる触手を物ともせずひたすら突き進むブリューナグ。
当然だ。
これがブリューナクの持つもう一つの能力、持ち主が望めばどれほどの距離であろうともその目標を目指し、貫く。
グングニルと極めてよく似た能力。
だが、グングニルが近距離・複数の戦闘に優れているとすればブリューナクは遠距離戦・そして単体に優れている。
地球の裏側だろうと、どんな障害が待ち構えていようと関係無い。
全てを打ち壊して突き進む。
持ち主が望めば必ず辿り着くのだから・・・
そして、それが中心に到達した時俺は総仕上げに入る。
「革命幻想(クラッシュ・ファンタズム)」
その瞬間ブリューナクから莫大な光が迸った。
時を戻す。
ランサーの言葉通りバーサーカーを前面に押し出して待機していた凛達。
と、士郎が何かを投影した。
それを見たランサーが急に慌てだす。
「??どうしたのかしらランサー急に慌てだして」
凛が首を傾げるがそれは直ぐに驚愕に取って代わる。
ランサーが離れ護衛に専念し始めると同時に士郎から魔力が感知された。
それも、今までどうして感知できなかったのか不思議に思うような莫大な量の・・・
「な、何よ!!この魔力!!」
そんな驚愕の一同だったがただ一人、質の違う驚愕を持った者がいた。
「う、うそ・・・あの坊やまだ魔力を保有していたと言うの?」
「キャスター?どう言う事よ、それ?」
「えっ?・・・まさかあなた達、坊やから何も聞いていないの?」
「だから何がよ!」
「あの坊や自分の持つ魔力の殆どを魔術回路ごと封印しているのよ」
「!!!」
「私が昨夜拘束した時に戒めを解く為に魔力を解放させたわ・・・てっきりあの時に全ての魔力を使い果たしたとばっかり思っていたけど・・・」
「違いますキャスター」
それを遮るように言葉を発するのはこの中でただ一人、士郎の魔術回路の事を知るセイバー。
「セイバー、どう言う事なの?」
「シロウ本人から聞きましたがシロウの持つ魔術回路は合計で二十七、その内二十五の魔術回路に九割近い魔力を封印しており、キャスターに使ったのはその中の二本だけだったと」
「・・・本気で?」
キャスターの表情が凍り付く。
「はい、シロウ本人が偽りを言っていなければ」
「・・・規格外の魔術使いだと思っていたけど・・・あの坊や一体全体どういう人間よ・・・実用に耐えられる代物を剣に限定しているとは言え魔力で創り出せれて、宝具の能力を付属できる。聞けば宝具にある担い手の能力すらも装備出来るそうだし・・・そしてあの魔力量・・・あんな魔術使い・・・見た事も聞いた事も無いわ」
「・・・神代からの魔術師のキャスターでもあいつ異常だと思う?」
「異常?そんな言葉で片付けられないわよ。異端よ、あの坊やは・・・もしかしてあの坊や・・・いえ、それだけは無いわね・・・あれは当時でさえいる筈の無い者なんだから・・・ましてやこの現代にいる筈が・・・」
キャスターの言葉には怒りと苛立ち、そして同等の量の恐れも含まれていた。
さらに最後の部分は己に言い聞かせているようにも見えた。
「キャスター??あんた何」
その会話に口を挟む様にランサーが戻ってきた。
「おい、嬢ちゃん、いい加減に頭伏せろ。そろそろやるぞ」
その言葉と同時に
「轟く五星(ブリューナク)!」
士郎が真名を解放させる。
「ブリューナク?ケルト神話主神ルーが持つ?」
「だろうな」
そして槍は五つの光を放ち触手を吹き飛ばしながら奥に突き進み、
「・・・・・・」
何かを士郎が呟いたと同時に周囲は正真正銘光に包まれた。
俺の詠唱と同時にブリューナクから光が溢れる。
詠唱を言い換えているが、壊れた幻想の威力が増しただけと極論しても良い。
だが、ただ爆発させたのではどんなに破壊力を高めた所で意味が無い。
それにこのような洞窟でそんな事を行えばどうなるか・・・簡単な話し、この岩盤が崩壊する。
それを防ぎ・・・すなわち周囲の被害を食い止め・・・尚且つ、威力を高める。
相反する課題を同時に解決させる為編み出した苦肉の策がこの『革命幻想』。
まず、最初に極小の爆発を敢えて起こし、それから零コンマ数秒後本命の爆発を起こす。
早い話、最初の爆発を防壁にして、外部への影響を最小限に押さえ込み、更に破壊力を外に逃がす事無く増幅する事で中の目標を破壊する。
だが、それだけでは衝撃は防ぎきれない。
だから更に手を加える。
「凝固(フリーズ)」
志貴やコーバック師に頼み込み、苦労に苦労を重ねてようやく出来た魔力結界を発動させる。
詠唱と同時に最初の爆発は魔力と結合し結界が完成する。
だが、結界と言っても薄い膜を張るだけの実にお粗末な代物。
セイバー達サーヴァントはもちろんキャスター、凛に桜でも破壊可能だ。
しかし、あの結界に求めているのは永続の守りの為ではない。
完成した瞬間本命の爆発が起こる。
通常、気体上では爆発における破壊のエネルギーは衝撃と共に全て拡散しようとするが、それを押しとどめるのが先程創り上げた結界。
それが一度限り爆発の衝撃を弾き返す。
出来れば志貴やコーバック師の様にもっと堅牢な結界であれば文句は無いのだが・・・贅沢を言っても仕方ない。
一度限りとは言え、弾かれた衝撃と破壊力は内の目標・・・今回は触手・・・を欠片すら残さず完膚なきまで消し飛ばす。
だが、同時に結界は破壊され、なおも残されたエネルギーは爆風となり出口を求めて俺達が進んできた道と俺達がこれから進む道目掛けて爆走する。
「ぐぐぐぐぐうううううううう」
頑丈な剣を投影し地面に突き刺し更に剣と自身の肉体を強化して吹き飛ばされない様に踏ん張る。
永遠と思わせる時間が過ぎ・・・まあ実際は一分も無かっただろうが・・・ようやく暴風は収まる。
あれだけ準備を施したのだが・・・それでも十メートルほど押し切られた。
だが、後ろの皆はおそらく俺以上に吹き飛ばされている。
そして前方には・・・もう触手は影も形も存在していなかった。
「・・・完了したか・・・しかし、自分で言うのもなんだがとんでもない異端を創り上げちまったな」
自分で言って世話は無いがそう言う他無い。
『革命幻想』で本物に近い破壊力を求めたのだが、実際には本物を越える破壊力を得てしまった。
ブリューナク本来のランクはA+だったのだが、『革命幻想』によってA++に跳ね上がってしまった。
だからこそ多用したくなかったし、出来れば一発だけで済ませたかった。
何しろ下手に乱発すればいくら最小限に食い止めたとしても、この洞窟は間違いなく崩壊する。
何よりも俺の身体がもつかどうかも微妙だ。
使用者にとっても標的にとっても、その破壊力はまさしく革命(クラッシュ)、全てを一度破壊し尽くす暴君の一撃。
緩やかに変えていく改革(レヴォリューション)ではない。
「さてと・・・今の内に進むか・・・そうだその前に補充開始(チャージ・オン)」
詠唱と共に過剰に詰め込まれた回路から魔力が補給される。
(完了・・・ナンバー]]X六十五パーセントまで回復、ナンバーT・U・]]Y・]]Z以外の魔力保有量減少、各ゾーンより下落。ただし、]]Wのみ最後の『革命幻想』使用の為現状維持)
確認すると直ぐに駆け出す。
しかし、その途中で俺は不吉極まりないものを見た。
足元に生えだす、黒い糸のようなもの。
それがこの中空洞全域に生えだしている。
「ま、まさか・・・」
背筋に冷たいものがあふれ出し俺は全速力で先を急ぐ。
その間にも黒い糸は徐々に太くなり縄にまで成長を遂げている。
予感が確信に変わると同時に空洞を突破する。
直ぐに振り返り
「悪い!!後はそっちでどうにかしてくれ!!!」
そう叫んだ瞬間、あの触手が殲滅前と変わらない数再生してきやがった。
「マジか・・・『革命幻想』使ってもあの程度の足止めしか出来なかっただと・・・」
一体何者があれを操っている?
どちらにしろもう『大聖杯』まであと僅か。
答えは向こうにある筈。
ならばこのまま行こう。
凛達ならセイバー達に任せて何の問題は無い。
俺は再度全速力で走り始める。
「こらーーーー!!待てーーーー!!士郎ついでにこれも殲滅していけーーーーーー!!!」
後ろで絶叫する凛の声をしきりに無視して。
光が覆いそして数秒後轟音と共に暴風が吹き荒れた。
「へ?きゃああああ!!」
「リン!!」
吹き飛ばされそうになる凛をセイバーが手をつかんで必死にこらえている。
同じ様に桜はライダーが、イリヤをランサーが、そして宗一郎はキャスターをその暴風の脅威から守っている。
時間としてはそれほど経過していない。
約一分と言った所で暴風は収まりやっと落ち着く。
しかし、バーサーカーと言う盾をもってしても凛達も士郎と同じく十メートル近く押し戻されていた。
「な、何・・・一体・・・」
「ほ、本当に吹き飛ばされるかと思った・・・」
呆然としている中、
「マジで殲滅しやがった・・・たいしたマスターだぜ」
ランサーの声で我に返る。
見れば先にあった触手の群れは影も形も無い。
「ほ、本当に殲滅したって言うの?あの馬鹿・・・」
「ランサー、シロウは何を?」
「いや、俺にもわからねえ。ただ判っているのは士郎が使ったのがブリューナクだって事位か・・・だが、それにしちゃ威力の割りがあわねえ。どう見てもワンランクは上だな」
「・・・どう言う事よ・・・」
「とにかくリン、障害は除去されたのです。ここは一刻も早くシロウと合流しないと」
セイバーが進言する。
「そうね・・・じゃあ行くと」
その時
「悪い!!後はそっちでどうにかしてくれ!!!」
その士郎の声がはるか前方から聞こえて来た。
いつの間にか士郎は中空洞を突破していたようだ。
だがそれよりも
「「「「「「「後は???」」」」」」
宗一郎とバーサーカー以外の声が見事に重なったと同時にあの触手が再び中空洞を制圧していた。
「う、嘘・・・」
「何よそれ・・・反則じゃないの・・・」
桜とイリヤが呆然とした声を出す中その怒りをぶつける者もいる。
「こらーーーー!!待てーーーー!!士郎ついでにこれも殲滅していけーーーーーー!!!」
凛が絶叫するが返答は無い。
「あの野郎・・・逃げたわね・・・」
「リン、レディらしからぬ言葉使いよ」
「これがそう言わずにいられるか!!」
「それは同感だけど・・・今はあれをどうにかしないと」
「うっ・・・わ、判っているわよ」
「でも如何するんですか?あの量を」
「仕方ないわね宝具を使うしかないわ。セイバー如何?」
「魔力量自体は問題ありません。時間も経っていませんし戦闘も数えるほどですから。ただ・・・」
「ただ?」
「ここは狭すぎます。私の宝具・・・すなわちエクスカリバーではこの洞窟に致命的な損傷を与えてしまうかもしれません」
「じゃあ・・・ってセイバー!」
秘匿である筈の宝具名をあっさり告げた事に凛は焦るがセイバーは冷静に、
「もうここまで来れば宝具の秘匿も必要無いではありませんか?」
「それもそうか・・・『聖杯戦争』も完全に破綻している以上仕方ないか・・・後は?」
「はい、『風王結界』も先程使用してしまいましたので・・・」
「そうよね。それもシロウへの嫉妬で」
「!!イ、イリヤスフィール!!」
「事実でしょ?」
「それはそうですが・・・話を戻します。今の私にはこのポイントで有効かつ周囲への被害無く使える宝具はありません。後もう一つありますがそれも攻めではなく守りの宝具ですので」
「そう・・・こうなってくるとここの狭さが恨めしいわ」
「先に言っとくが俺の宝具もさして役に立たねえぜ。何せ二倍増しでもたいした効果見込めなかったからな」
「ライダーは?」
「私の宝具ですか・・・私の宝具もいささか危険ですね。『騎英の手綱』はセイバーの剣と同じく周囲に被害を与えますし、『他者封印・鮮血神殿』は結界の宝具ですからこの状態では発動できません。後は、『自己封印・暗黒神殿』を解放して私の魔眼を使用すれば多少はどうにかなりますが・・・あの量です。焼け石に水かと」
ライダーも思案に暮れてそう言う。
「じゃあ・・・」
「現状では私達に打つ手は無いですね」
セイバーの言葉に全員が俯く。
「仕方ねえだろ。確かこの国の格言で『果報は寝て待て』か?待つより他に方法はねえだろ?」
反論したい様だったが反論出来る者はいなかった。
「所でランサー、貴方はシロウの後を追わなくても良いのですか?」
「ああ、それは心配いらねえ。シロウからお前らを護衛しろと命令が下されているんでな」
「な!!それは一体・・・」
「そのまんまだよ。シロウから『俺の事は心配要らないから凛達を守ってやってくれ』との命令でな」
「で、でも・・・」
「心配すんな。あいつは正真正銘強い。それに無謀じゃねえ。マジでやばくなったら令呪で俺を呼ぶさ」
先を急ぐ俺に触手の攻撃は一切こない。
どうやら大半は中空洞に集結しているのだろう。
だが、それに反比例するように禍々しい魔力が瘴気の様に周囲に漂っている。
間違いなくこの先に何かが待ち構えている。
だが、俺は『大聖杯』に近付くにつれてどうした事か鼓動が高まるのを自覚していた。
(行かないと・・・行かないと・・・奴が・・・『・・・』が待っている)
そして俺は辿り着いた・・・終点『大聖杯』に。
「これは・・・」
現在『大聖杯』には黒い・・・狼のような生物が覆いかぶさっている。
おそらくあれが『大聖杯』を崩壊に導いている元凶。
「ようやく着いたか・・・衛宮士郎」
俺の思案を遮る様にアーチャーがやってくる。
「アーチャー・・・」
「気をつけろ。ここであれを守っているのは尋常の奴ではない」
「あれを?」
俺が再度視線を『大聖杯』に向ける。
そこには・・・一人の男がいた。
白きフード付きマントを身に纏う男・・・
一見すればさほど脅威に見えぬ相手。
だが、
「・・・あ、あああ・・・」
俺は奴を視界に納めた瞬間、呼吸が下手になった。
鼓動がでたらめに打ち鳴らされる。
・・・タタカエ・・・
・・・タタカエ・・・
・・・タタカエ・・・
脳にひたすら一つの事が命令される。
戦えと・・・
・・・アレトハオマエトタタカウサダメ・・・
・・・アレトタタカウハオマエガセオイシ宿縁(シュクエン)・・・
・・・メヲソムケルナ・・・
・・・タタカエ・・・
・・・ギモンヲモツナ・・・
・・・タタ・・・
余計な思考を遮断する。
だが、高揚は治まらない。
「は、ははは、ははははははは・・・」
今度は笑いがこみ上げて来る。
アーチャーが怪訝な表情で俺を見るが、それに構う事無く俺は笑い続ける。
「はははははは・・・はっはははは!!」
最初はしゃっくりが出るような小さな笑いだったのが大きな笑い声となる。
「ふふふふふふふ・・・ふはははははははは!!!」
「はははははは・・・あーっははははははは!!!」
気付けば奴も俺と同じ様に口を全開に大声で笑いあっている。
もうごまかしようも無い。
俺も奴も、心の底から歓喜に打ち震えている。
目の前の相手と戦える事への喜びに。
これこそが俺と奴の最初の出会い・・・後に『蒼黒戦争』と呼ばれる史上最悪の大戦争で互いに存在の全てを賭けて戦い続ける事になった俺達の出会いだった。